まずは正しい問いから始める

今日のバイオ医薬品の市場進出(GTM: Go-to-market)戦略には、これまで以上の精度と柔軟性が求められています。コスト上昇、予算制約、競争激化といった市場圧力が高まる一方、レセプトデータの充 実、データ解析能力の向上、エンゲージメント手法の多様化などにより、意思決定に活用できるインサイトや打ち手の選択肢は増え続けています。すなわち、「何が最も重要なのか」を判断する上での複雑さが増していると言えるでしょう。

こうした状況では、過去の成功体験やベンチマーク、枠組みに則ったGTM戦略を組み立てたくなるでしょう。しかし、私たちL.E.K.は、数多くのバイオ医薬品の上市戦略をサポートしてきた経験から、まずは以下の 「一見単純だが本質的な問い」から始めることを推奨しています。

患者が治療を開始・継続するためには、どのステークホルダーの行動を、どのように変えるべきか?
行動を起点に課題を捉えることで、GTM戦略上の意思決定・判断が明確になります。その結果、共通のアウトカムに向けた課題を(部門単位ではなく)組織横断的に整合させ、最も重要な局面において適切な施策を配置できるようになるでしょう。しかし、実務の現場では、この「行動の視点」がブランドプランニングなどの後工程で初めて適用され、GTM戦略そのものを設計する前工程では十分に活用されないケースが少なくありません。前工程で戦略の方向性を正しく定めるためには従来以上の分析・検討が必要となりますが、こうした投資により、後工程における施策の実行精度・一貫性を高めることができるため、結果として大きなリターンがもたらされます。

本稿では、GTM戦略を策定し、継続的に高度化していくための5段階プロセスについて紹介いたします(図1)。

1.    採用・導入の促進要因と阻害要因を特定(再評価)する

第一のステップとして、製品の採用(導入)に影響を与えるステークホルダーを漏れなく特定することが重要です。医師・患者・保険者に加え、介護職員、看護師、紹介元のかかりつけ医、医療機関の運営責任者、卸・流通関係者、薬局、認定遺伝カウンセラー、学会・業界団体、患者支援団体などが含まれ得ます。

続いて、「症識→受診→紹介・検査・診断→治療開始→治療継続」といった一連のペーシェントジャーニーにおける各ステークホルダーの役割を整理し、新製品の採用を促すために誰がどのような行動を取るべきかを具体的に特定します。採用を促進/阻害する要因を体系的に把握しつつ、どの段階で採用の勢いが生まれ、どこで停滞しているのかを可視化することが、効果的なGTM戦略を設計する際の「土台」となります(主要な阻害要因例は図2参照)。

2. 優先すべきステークホルダー&変えるべき行動に優先順位を付ける

すべての潜在的なステークホルダー(処方医・患者・インフルエンサーなど)に、同じ強度で同時にアプローチすることは現実的ではなく、また得策でもありません。そのため、GTM戦略策定の第二のステップでは、採用を実際に動かしているステークホルダーを特定します。そのうえで、各ステークホルダーのグ ループの中から、特に重点的に働きかけることで採用を大きく前進させ得るサブグループを絞り込んでいきます。例えば、HCP(医療従事者)においては、患者・処方ボリュームの上位20~30%を占める専門医が「優先すべきステークホルダー」に該当します。また、患者においては、診断済み母集団全体ではなく、今後12カ月以内に治療方針を変更する可能性が高いセグメントが最も重要となるでしょう。さらに、市場 アクセスを左右する保険者、医療機関の意思決定者、臨床ガイドライン委員会なども、採用可能性の「上限」を決める存在として優先的に押さえる必要があります。

このようにして「優先すべきステークホルダー」を特定した後は、採用を促すために変えるべき行動に優先順位を付けていきます。各行動は(1)行動を変えられた場合のインパクト(2)その変化を自社がどこまで影響できるか、の2軸で評価します。

インパクトは、治療患者数の増加率、治療請求当たりの売上額、治療継続率の改善など、定量的に測定可能なアウトカムに結び付けて評価することが重要です。そのためには、レセプトデータや市場調査結果をGTM戦略に反映可能な示唆へと整理・解釈するビジネスインサイトおよび分析能力が求められます。

一方、影響可能性の観点では、阻害要因が企業側でコントロール可能なものなのか、あるいは政策、インフラ、社会経済構造など外部要因の変化を要するものなのかを見極める必要があります。例えば、診断に必要な高度画像検査を地方の医療機関において十分に実施できない場合は、検査設備の受入能力を拡充することで採用が加速するでしょう。しかし、メーカー自らが新規施設を建設したり、直接投資を行ったりすることは現実的ではありません。

行動変容への取り組みにはバランスが重要です。例えば、競合製品に対する価値訴求の強化に投資したとしても、上流での未診断患者が多い、あるいは保険カバレッジの制約が大きいといった要因が残っている場合、効果は限定されてしまいます。

3. 行動変容に向けてアプローチ方法を設計する

優先して変えるべき行動が定まったら、第三のステップとして、その行動変容を企業としてどのようにサポートするのかを設計します。行動変容を効果的に促すためには、多くの場合、対面(パーソナル)と非対面(ノンパーソナル)のアプローチを組み合わせることが肝要です。実際、対面での働きかけが制限されている、あるいはコスト面で現実的でない場合を除き、成果を上げているGTM戦略では、行動の特性に応じて両者を適切に組み合わせることが基本となっています。

この設計プロセスでは、まず、対象の行動を変えるためには何が必要なのか(教育、説得、実行支援、リマインド)を明確にします。そのうえで、取り得る選択肢、競合の動向、費用対効果などを総合的に検討し、最も効果的なアプローチ形式や、最適な対面・非対面の組み合わせなどを決定していきます(図3参照)。

リスク(安全性)とベネフィット(有効性)のバランスなど、複雑なニュアンスを踏まえた説明が求められる場面では、対面式を中心にアプローチしていきます。特に、MSL(メディカル・サイエンス・リエゾン)は、非対面式のデジタル施策だけでは把握しきれない懸念や疑問を医療従事者から引き出し、意思決定の質を高めるうえで非常に有効です。

一方で、ショート解説動画、フォローアップ用のテキストメッセージ、エビデンスの要点を簡潔にまとめた補足資料といった非対面式のツールも、意思決定前に理解を深める局面や、意思決定後に判断を後押しする局面にて重要な役割を果たします。特に、行動変容の障壁が情報不足、認識漏れ、あるいは手続き 上の煩雑さといった比較的シンプルな要因である場合には、教育・実行支援・リマインドを目的としたデジタル施策を展開することで、多数の顧客を効率的に対応できるようになります。

例えば、保険適用のために事前承認が必要な薬剤では、医師の判断以前に、医療機関側の事務手続きが採用の障壁になることがあります。このような場面においては、デジタルツールによって手続きを標準 化・簡素化することで、治療開始までの時間を短縮できるでしょう。加えて、必要に応じてフィールド償還担当者が対面にて個別に対応することで、デジタル施策だけでは補いきれない複雑なケースにも対応可能となります。

対面(パーソナル)形式の顧客対応モデル
対面形式で効果的にアプローチするためには、「どのステークホルダーに、誰がどのようにアプローチし、互いにどう連携するのか」を明確に定めた「顧客対応モデル」の構築が不可欠です。

営業担当、MSL、ナショナルアカウントマネージャーは、製品上市の中核となる役割を担っています。一方、弊社が立案をサポートするGTM戦略では、基本となる人材配置だけでなく、どの専門人材をどの程度の規模で配置・追加すべきかも併せて判断します。この際、顧客が変えるべき行動や、その変革を促す際に必要となる専門スキルについて検討することが重要となります。

例えば、診断が進まないことがボトルネックになっている場合、臨床現場での検査に伴走できる診断スペシャリストの配置が有効です。一方、アクセス上の課題によって患者が治療に至らず離脱している場合には、事前承認の異議申立てや医療給付調査などを支援できる償還スペシャリストをフィールド要員として手厚く配置する必要があるでしょう。さらに、投与や管理が複雑な治療法では、医療機関での医師トレーニング/患者指導を担うナースエデュケーターが有効です。また、これら専門職による働きかけを適切に調整することで、「同じようなアプローチの繰り返し」ではなく「シームレスな対話」としてステークホルダーに受け止めてもらうことも重要となります。

このような「顧客対応モデル」は、行動変容が求められる局面に適切な人的リソースを割り当て、必要なSOV(シェアオブボイス)を維持するための重要な指針となります。

非対面(ノンパーソナル)形式の顧客対応モデル
行動変容を促すためには、非対面式のアプローチも極めて重要であり、対面式と同様に計画していく必要があります。弊社が立案をサポートするGTM戦略では、まず、優先して変えるべき行動それぞれに対し、「最も効くノンパーソナル式アプローチ」が何なのかを紐付けていきます。そのうえで、電子カルテ連携やモジュール型コンテンツの運用など、新たに必要となる仕組みや投資規模を見極め、個別施策の詳細設計に入る前に現実的な予算とロードマップを固めます。

この際、「変えるべき行動」と「その行動を変えるために必要な要素」を軸に、非対面式アプローチを組み合わせることが非常に有効です。例えば、ガイドラインに組み込まれているにもかかわらず新規バイオマーカーの採用が進まないケースでは、検査について医療従事者を教育し、その利点について理解してもらい、簡単に検査をオーダーできるよう支援し、適切な患者が現れたタイミングで継続的に思い出してもらう――というように、複数の手段を組み合わせていく必要があります(図4参照)。

成果を上げている企業は、こうした非対面のアプローチを「精密なツール」として位置づけ、対面式と同等の厳密さで施策設計、予算配分、評価しています。また、ステークホルダー一人ひとりのニーズや嗜好に合わせて非対面式のメッセージやチャネルを高度にパーソナライズ化するとともに、新たな技術や手法も適切に取り込みながら、対面・非対面式のアプローチを効果的に組み合わせています。

4. 市場進出規模と投資レベルを決定(調整)する

優先して変えるべき行動とそのアプローチ手法が固まり次第、次なるステップとしては、実際にどの規模で実行するのかを決定していきます。ここでは、戦略を実行するために必要な投資規模、人材、技術、外部ベンダーからの支援などを総合的に検討します。この際、効率的かつ大規模にアプローチするために必要となる仕組み(例:顧客関係管理(CRM)プラットフォーム、モジュール型・オムニチャネル型プラットフォーム、データ統合システムなど)について具体的に見極めることも重要です。

想定している計画が利用可能なリソースを超えてしまった場合には、対象とする顧客や行動を絞り込む、段階的に展開する、あるいは、主要な障壁にのみ注力したコスト効率の高い戦略へ見直す、といった再検討が必要となります。

ここで重要なのは、単に予算内に収めることではありません。低効果な施策への過剰投資を避けつつ、採用や行動変容を阻む主要な障壁の解消に向けて、必要な領域に重点的にリソースを配分することが、このステップの目的です。

5. 実行し、成果を継続的に評価する

第五のステップでは、戦略の実行と継続的な効果測定に重点を移します。競合の参入、ステークホルダ ーのニーズ変化、新たな障壁の出現など、不確実な要素は避けられません。こうしたリスクを想定したシナリオプランニングを通じて、起こりうる市場変化と対応方針を整理するとともに、「どの指標が、どの水準に達したら、どのような判断を下すのか」といった意思決定トリガーを事前に明確に設定しておくことが重要です。効果測定では、実施件数や接触回数といった活動量にとどまらず、あらかじめ定義した成果ベースのKPIに基づいて評価を行います。

この評価結果は、次のGTMモデル改善サイクルへと直接つながります。すなわち、既存の障壁に対する進捗を再評価し、新たに生じた障壁を特定したうえで、アプローチ計画を継続的に見直していきます。どの取り組みが成果につながっているのか、どれが期待した効果を発揮していないのかを常に検証し、その結果に基づいて施策を適宜調整することが、GTM戦略チームにとって重要です。こうした調整は、既存のステークホルダーとの関係を損なわないよう慎重に行う必要がありますが、一方で、ためらうことなく迅速に意思決定し、機動的に実行へ移す姿勢も欠かせません。

このように、データに基づく循環型のアプローチを取ることで、時間の経過とともに、より柔軟で的確かつ持続的に成果を生み出すGTM戦略へと進化していきます。

経営陣への示唆

今日のバイオ医薬品市場では、各部門がそれぞれの役割に沿って施策を推進するなかで、ステークホルダーの行動や優先度に立ち返って戦略を見直す機会が限られることも少なくありません。一方、本稿で提唱した「行動を起点としたGTM戦略」では、新製品の採用を阻む主要な障壁に焦点を当て、そこを突破するためのリソースを揃えることで、戦略の軸をぶらさずに市場参入を推進できます。また、戦略の土台が確立しているため、ブランドプランニングをはじめとする下流の工程においても、各ステークホルダーの重視点や懸念点などを踏まえながらメッセージやチャネルを精緻に最適化できるでしょう。

このアプローチを実現するために、経営陣は次の5つの項目に重点的に取り組む必要があります(図5参照)。

このアプローチを適切に実行することで、数多の優先事項の中でも真に重要な点を見失うことなく、採 用を効果的に後押しするGTM戦略に組織を注力させることが可能になります。また、こうした優先事項を定期的に見直し、部門間での連携を保ちながら必要な場面で迅速かつ果断に行動できる企業こそが、確かな実行力と、市場における持続的な影響力を発揮できるでしょう。

注:本記事の作成にはAIツールが使用されています。

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