Volume XXVII, Issue 02 |

編集協力・問合せ担当:井ノ口雄大、パートナー、ライフサイエンスプラクティスチーム

はじめに

パイプラインへの投資を実際の収益源に変える能力を示すR&D生産性は、バイオ医薬品企業の経 営者にとって最も重要な課題のひとつとなっています。しかしながら、イノベーションサイクルの長さと医薬品開発特有の不確実性により、それほど重要でありながらもR&D生産性を測定することは難易度が高いことで知られています。

根本的に、R&D生産性は投資1ドルあたりの収益で定義されます(図1参照)。この上位概念は、さらに次の2つの重要な要素に分けることができます。

  1. R&Dプロセスにおける効率性:R&Dに対する投資1ドルあたりの承認取得数により測定。ある予算内で、企業の研究努力からもたらされた成果を示します。
  2. 上市における収益性:承認を取得した医薬品ごとの収益により算出。適切な市場参入、商品化戦略、ライフサイクル管理を通じて、製品の商業的可能性を最大限に引き出せる企業の能力を示します。

これまでのR&D生産性の測定では、ごく一部の企業を対象とした古いデータや不透明な手法、または限定的な範囲など、直面する課題が多くありました。しかしながら、バイオ医薬品業界は大きな転換期を迎えており、R&D生産性がどのように進化しているかを理解するためにも、透明性の高い最新のアプローチを導入することがかつてないほど重要になっています。

このL.E.K.コンサルティングのエグゼクティブインサイトでは、R&D生産性の2つの重要な要素について検討し、売上高上位15社のバイオ医薬品企業とその他の企業(中小企業)のR&Dの効率性と有効性を比較します。1

これらのインサイトは、変動する業界におい て、R&D戦略についての知見を広げ最適化するための重要な役割を果たします。業界の異なるセグメントにわたるR&D生産性の意味合いを理解することにより、相互の強みを活かしながら、生産性を高め、医薬品開発と商品化において進化する課題と機会に対応することが可能になります。

R&D効率性では中小企業が大手製薬企業を上回る

科学技術やオペレーション効率が著しい進歩を遂げている一方で、バイオ医薬品業界のR&D生産性は低下の一途をたどっているとの見方が業界内で一致しています。このことはは、過去10年間にわたり拡大する業界のR&D支出と収益成長率の差からも明らかです。2これは、効率性が着実に低下していることに起因しており、この傾向は過去50年間にわたり続いています。3

まずます複雑化する臨床試験がR&D生産性の低下の背景にある主な要因です。規制要件の変更 と、グローバル規模で急速に変化する臨床試験をとりまく環境により、これらのプログラムの規模と範囲は著しく拡大しました。このことは、期間の長期化、患者登録の複雑化、投資コストの増加につながりました。結果として、R&D費用 1ドルあたりの新たな承認取得数は過去数十年間にわたり減少しました。
興味深いことに、R&D投資に対する新薬承認取得の効率性において、大手製薬企業は中小企業を下回っています(図2参照)。ライフサイクルマネジメントでの承認取得を考慮に入れた場合、多少縮まりますが、その差は依然として明らかです。

これは、売上増加を目的として、キイトルーダ、ヒュミラ、デュピクセントなどメガブロックバスターで ある特異な医薬品に依存していることに部分的に引き起こされています。高い目標である収益と投資収益率の内部基準を達成するために、大手製薬企業は市場潜在力が最も高いプログラムの活動に注力しています。これらは、一般的にライフサイクルマネジメントの機会をより多く提供します。これらの医薬品は革新的な価値を生み出す一方で、R&D投資の水準を著しく引き上げます。そのため、市場での成功を収めるためには相当な資金と時間を要します。大手製薬企業によるブロックバスター医薬品への大きな依存は、多くの場合、収益性(影響力と収益が大きい治療法)を優先する代わりに、効率性を犠牲にします。そのため、R&D投資の範囲内で可能な機会の数と多様性に限界が生じ、より幅広い医療ニーズに対処できるR&Dポートフォリオが持つ潜在的な効率性を低下させます。

大手製薬企業は有効性で上回り、承認取得数ごとの収益が高い

商業規模と能力の優位性により、大手製薬企業は中小企業と比べ、一貫して高いR&D収益性を示しています。2015年から2023年の間で、大手製薬企業が承認を取得した新規化合物(NME)のピーク収益の平均値は約27億ドルでした。これは、中小企業のNMEの平均値である約10億ドルを大きく上回っています。過去と2030年までの予測期間を織り込んだこの分析では、収益創出における大手企業の強みが明らかになっています(図3参照)。

興味深いことに、大手製薬企業が前臨床の段階において発見または買収した新薬候補は、臨床開発中に買収またはライセンス取得した場合よりも平均的に高い収益を生み出します。これは、ポートフォリオの優先順位に関するより厳しい基準や、これらのアセットに対するライフサイクルマネジメントへの投資を早い段階で行える能力が主な要因となっています。

中小企業は、限られた資金へのアクセスや規模における能力の不足により、しばしば深刻な財政的制約下に置かれることがあります。結果として、独自に開発や商品化を行えるアセットのみに注力し、費用効率が高く、その時に適したR&D投資を優先させます。これらの企業では一般的に、より大き な市場を対象とする参入障壁が高い治療法に対して、開発と商品化を完結するのに必要なリソースが不足しています。この制約を克服するために、これらの治療法を市場に投入できる臨床的専門知識と商業インフラを備えた大手製薬企業との提携が余儀なくされるケースが多くあります(図4参照)。

バイオ医薬品企業の経営者が取るべき戦略的行動

イノベーションを推進する上で、大手と中小の製薬企業は異なる役割を果たしながらも、相乗的な効果を担っています。中小企業は斬新なアイデアを生み出し、大手企業はそれらのアイデアを市場をリードする治療法に変えることができる規模とリソースを提供できます。バイオ医薬品のエコシステム全体にわたり、新たな機会を解き放ち、より大きな価値を推進するために、大手と中小が担うこれらの相互効果を発展させていく必要があります。

大手製薬企業の経営者は、R&D生産性を具体的に次のように移行させる必要があります。

  • 収益の成長につながる超ブロックバスターとなる特異なアセットを作り出すために、目標を十分に達成できるポートフォリオを構築する。そのために、ポートフォリオの優先付けに関するより厳しい基準を保つ。
  • 初期段階の科学研究へのアクセス、臨床開発 におけるスピード、治療法の適用範囲の拡大、および開発の成功率を最適化することにより、社内のイノベーション創出に投資する。大手製薬企業が前臨床の段階において発見または買収した新薬候補は、開発の後期段階において取引コストを掛けて外部から取得した場合よりも、平均的に高い収益を生み出します。
  • より選別された案件に絞って事業開発を行う。大手製薬企業において、事業開発は非常に重 要な活動であることに変わりはありません。しかしながら、R&D生産性を向上させる上で高いコストが掛かる可能性があります。そのため、大手製薬企業は、R&D生産性に対する事業開発活動の貢献度を慎重に考慮し、状況に応じてこれまでとは異なるアプローチをとる必要があります。

また、中小企業の経営者は、次のことに集中的に取り組む必要があります。

  • R&D効率性の維持と向上。これまで中小企業は、少数チーム、限られた資本、効率性重視により優れた成果を収めてきました。しかし、成長するにつれ、高価値な資金調達によりさらに大きな資本プールへのアクセスが可能になると、この重要な要素を失う恐れがあります。R&Dの効率性を維持するためには、初期段階のプログラムにおいて機動性と財務規律を重視し、最小限のリソースの消費で最大限の効果が得られるよう適切に設計された実験や臨床試験を優先していく必要があります。適応性と規律を保つことで、革新的で機敏性のある文化を犠牲にすることなく規模の拡大を図ることができます。
  • リードアセットの臨床開発の再検討。中小企 業は、初期の臨床 PoC(Proof of Concept)を確保するために、ニッチな治療法に対してリードアセットの開発を集中させる傾向があります。多くの場合、このアプローチをとる背景には財政的制約がありますが、長期的には将来性に制限を加えてしまう可能性があります。これらの企業の経営者は、可能な限り、規模が大きく価値の高い治療法をターゲットとした野心的な戦略を検討していく必要があります。達成するためには資金調達や提携における工夫が必要になりますが、これらの分野を積極的に探索することは、より高い企業価値と株主価値をもたらすことにつながります。
  • 価値を維持するための取引の検討。バイオテクノロジーのプラットフォームは、予想していなかった治療への適用が判明することがしばしばあります。そのため、単独で参入できる小規模範囲を対象とした治療法と、大手製薬企業との提携を通じた規模の大きい競争市場を対象とした治療法との間での戦略的なバランスが必要となります。資産価値を最大限に引き出すために提携が必要である場合、早い段階で価値を過度に 手放してはいけません。共同開発や共同販売契約、有利なマイルストーンペイメントなどを通じて、長期的なメリットを確保できるよう取引をまとめる必要があります。

これらの戦略を優先的に実行することで、バイオテクノロジーと製薬業界の経営者は、イノベーションと規律を重視したプロセスを通じて、進化と競争の激しいバイオ医薬品のエコシステムの中で効果的なかじ取りを行うことができます。その結果、R&D生産性を高め、継続的な成功を収めることにつながります。

本稿に対してご協力をいただいたL.E.K.ヘルスケ ア・インサイト・センターのジェニー・マッキー氏とイーサン・ヘルベリ氏に著者から感謝の意を表します。

詳細については、こちらまでお問い合わせください。

L.E.K.Consultingは、L.E.K. Consulting LLC.の登録商標です。この文書に記載されているその他すべての製品およびブランドの所有権は、各所有者にあります。 © 2025 L.E.K.Consulting LLC

巻末注
1バイオ医薬品企業上位15社は、2024年のバイオ医薬品による収益が250億
ドルを超える企業をもとに分類(Evaluate Pharmaによる推定値)。上位15社以外の企業は、その他の革新的なバイオ医薬品とバイオテクノロジー企業として定義(ジェネリック医薬品、機器、サービス、プラットフォーム、テクノロジーを扱う企業を除く)。

2Genengnews.com, “The Great Pharma Wasteland”, https://www. genengnews.com/topics/drug-discovery/the-great-pharma- wasteland/

3Nature.com、「イールームの法則を破る」、https://www.nature.com/
articles/d41573-020-00059-3

当社の最新の見解についてのご質問をお持ちですか?

関連するインサイト