- 研究開発以外にも、AIを早期に実装することにより、デジタル戦略やデータ管理プロセス/システムにも光が当たる可能性が高い。初期の大規模言語モデルが特定の日付までの情報しか提供できないことからも明らかな通り、生成AIはトレーニングデータと同程度にしか役に立たない。最も強力な企業AIシステムの場合、パブリックドメインのインターネットデータと社内/専有データの両方に対する包括的なアクセスが可能となる。Modernaは、ChatGPTの公開からわずか数週間後に、社内データベースにアクセスできる大規模言語モデルを社内で実装した、最先端を行く企業のうちの1社である18。2024年には、AIの有用性を試すための社内ツールやプログラムについての、同様の発表がさらに多くなされると予想される。バイオ医薬品企業側にAIを効果的に実装する準備が整っているかどうかは、自社が持つ独自データがどれだけ豊富でアクセスしやすいかにかかっている。
4. 新しいテクノロジーは「digital too」アプローチで顧客エンゲージメントを進化させる
近年、民間企業のリーダーはデジタルツールやデータに多額の投資を行っているが、2024年の焦点は、チームのスキルアップとこれらの投資を最大限に活用することにある。バーチャルなアプローチは今後も続くが、営業担当者は対面でのやり取りに戻っており、2023年1月から9月までのグローバル・チャネル・ミックスの78%をそういったやり取りが占めている19。上市の初期支援、新しいデータの発表、ライフサイクルの更新など、重要なやり取りを行う場合は、対面でのエンゲージメントが引き続き重要となるだろう。このような動向は、バイオ医薬品業界の顧客エンゲージメントモデルに起こる次の進化の特徴が、「digital first」戦略ではなく「digital too」戦略寄りであることを示唆している。バイオ医薬品業界のエンゲージメントモデルにみられる継続的なデジタル進化は、次の3つの分野で最も明らかに認められる:
今の営業担当者はデジタルに精通していなければならないし、顧客の好みに基づいて物理的チャネルと仮想チャネルにわたりエンゲージメントを調整できなければならない。営業担当者の役割は進化しつつあり、職責としてデジタルの専門知識、最適なエンゲージメント・チャネルを見極める力、データと分析に基づいて個々に合わせた対面でのやり取りがますます求められるようになっている。営業担当者は、対面で得た手がかり、利用可能なデータの評価、SalesforceやVeevaなどの意思決定ツールに基づき、現場でのアプローチを適合させていかなければならない。
先見性のある企業は、医師やその他の主要顧客のデジタルプロファイルを既に作成している。顧客に十分な価値を提供し、顧客の好みと適合していないマスマーケティングモデルでの過剰な支出を避けるため、他の企業もすぐにそういった企業に追随する必要がある。このようなスキルアップの必要性は、代表的なフランチャイズに属する大手バイオ医薬品企業に限ったことではない。希少疾病を対象としている大手バイオテック企業では、営業担当者の表現型開発と採用活動にデジタルチャネルの習熟を組み込んでいる。今後のトレーニングモジュールには、ネクストベストアクションと、顧客体験を形作る自己生成データの中で営業担当者が果たす役割の両方が含まれる予定である。
パーソナライズされたマーケティングやその他の新しいテクノロジーにより、ブランドやコンテンツ・プランニングのサイクルタイムが短縮できる。社内チームのデータや分析力を向上させ、シングルカスタマービュー(SCV)に焦点を当てることで、この速度向上が可能となる。SCVでは、優先トピック、必要なコンテキスト、優先チャネルに関する個々の医師のシグナルに従ってメッセージがカスタマイズされる。ネクストベストアクション・マーケティング(SCVデータと予測分析を用いて、顧客エンゲージメントと最終的な売上を促進するためのネクストベストアクションを決定する)、ゼロパーティデータと分析(顧客が直接かつ自発的に共有する情報の分析)、生成AIなどの技術により、民間企業は顧客の声に耳を傾け、ターゲットを絞ったコミュニケーションが提供できるようになる。
Novartisは、マーケティング意思決定エンジンを強化するためにSCVを採用した製薬企業リーダーの中の1社であり、微妙に異なるターゲットオーディエンスのプロファイルを作成し、モジュール資産に基づくチャネル別のマーケティングを提供している20。民間企業のリーダーは、これらのさまざまな新しいツールやマーケティング戦略と、分散型の顧客ベースや営業部隊とを慎重に統合していく必要がある。
- さらにターゲットを絞った営業/マーケティングを導入することで、過去のマスマーケティングアプローチから脱却し、プレシジョンマーケティングの時代に移行できるため、企業としては支出の効率化が可能となる。SCVが顧客アーキタイプにまとめられるにつれ、よりニーズに合ったメッセージやチャネルを通じて処方者や消費者のターゲットを絞ることができる。このようなアプローチは、例えば従来からあるTVベースの広告のように、受け手が膨大な数に上る一方で対象者の割合が低いものと比べると、コストの低い代替手段となると考えられる。
このような機会を活用するため、企業は営業活動のデジタル化を進めていく上で組織の準備が整っているかどうかを評価しなければならない。これに必要となる主な能力として以下が挙げられる:
- 大規模なデータセットにアクセスし、クリーンアップし、統合し、結論を引き出すための、事業を見通す力や分析機能の向上
- 医療・法律・規制の審査プロセスの最適化。これには迅速化と多くの内容を管理できる能力が必要となる。
- 現場での意思決定を支援するツールの導入
顧客体験、コンテンツのカスタマイズ、ネクストベストアクションモデルに多額の投資を行ってきた企業は、人材/プロセス軸に沿った社内能力開発の「バージョン2.0」に移行しつつある。代表的なバイオ医薬品企業は、厳格なセンター・オブ・エクセレンス・モデルから脱却し、既存のデジタル・プラットフォーム能力を活用するため、部門横断的な開発/提供チームの内製化を開始している。アジャイルチームのTest-and-Learnパイロットの実施による学習は、貴重なインラインブランド業務を中断することなく組織を変革する最も効果的な方法であることが証明されている。「digital too」という考え方を取り入れることにより、バイオ医薬品企業とその顧客対応チームは、適切なタイミングで好みのチャネルを通じて、関心のあるトピックについて顧客の意見に対してさらに効果的に耳を傾け、顧客に関与することができる。
5. 先進的な治療法のパイプラインは重要な臨床/営業マイルストーンに直面することになる
先進的な治療法のパイプラインが拡大し、上市される治療法の数が増えるにつれて、多くの重要な臨床/営業上の進展があると予想される。
オンコロジー領域やそれ以外の領域でも細胞治療の進歩が目前に迫ってきている。固形腫瘍の場合、今年中に、TCR-T(T細胞受容体改変)21とNK(ナチュラルキラー)細胞22による主な治療法について、第II相のデータが発表される。また、CD19を標的とするCAR-T療法に不応の大細胞型B細胞リンパ腫(LBCL)患者を対象としたCD22タンパク質の試験が現在行われている23。
同種異系細胞の分野に関しては、同種造血幹細胞移植後のT細胞免疫を回復させるAllovirによるposoleucel 24の第III相からトップラインデータが得られると期待されており、ImugeneとAllogeneの両社は、CAR-T資産によりLBCLを対象とした登録試験を開始すると予想される25,26。免疫疾患領域では、Cabaletta Bio(上半期に第I/II相のトップラインデータが得られる見込み)、Novartis(下半期に第II相データが更新される)に加え、BMSなどその他の企業からも、自己免疫疾患を対象としたCAR-Tの成績に関するデータがさらに発表される可能性が高いとみられ、この領域では30社以上が開発を進めている27。しかしながら、特に免疫疾患領域の場合、CD19またはB細胞成熟抗原(BCMA)CAR-T注入後の続発性T細胞悪性腫瘍に関する予備報告の頻度によっては、この治療法のリスク/ベネフィットプロファイルの評価の妨げとなることがある28。自家CAR-T療法後に続発性悪性腫瘍が発生する可能性があるため、ランダム挿入の少ない新技術が必要であることが浮き彫りになっている。
- 免疫疾患領域のような新しい治療領域への適応拡大の前に、細胞治療の製造と供給にあるボトルネックが今なお重大な問題として残っている。現患者は、アフェレーシス後、集中センターで自家CAR-Tの製造が開始されるまで最長で3週間待たなければならず、その後、製品がリリースされるまでさらに2~4週間かかる29。LonzaのCocoonのような完全閉鎖型自動化システム、CellaresのCell Shuttleのような統合型製造/クリーンルームソリューション、Umoja BiopharmaやOrna Therapeuticsその他が研究しているin vivo CAR-T製造など、自己由来の治療法には近い将来、製造上の改善がなされる可能性がある。
- 優れた科学的革新であるにもかかわらず、遺伝子治療開発者は、科学と商業的成功を結びつけることが可能であることを示す必要がある。今までのところ、この治療法は、市場の期待に追いつこうと悪戦苦闘している。米国市場にはウイルスベクターベースの遺伝子治療薬が9つあるが、世界全体での年間売上高が5億ドルを超えた治療薬は1つ(Zolgensma)だけである30。これまでに得られた臨床データでは、遺伝子治療が薬物を使用しないまま持続的な疾患寛解をもたらすという期待は十分に検証されておらず、脊髄性筋萎縮症患者の約3分の1がZolgensmaの投与が終了した後に他の治療を継続して受けている31。商業的な普及には早くから課題があったにもかかわらず、遺伝子治療のパイプラインは拡大すると予想されている。そのマイルストーンには、輸血依存性βサラセミア[Vertex/CRISPR TherapeuticsのExa-cel Prescription Drug User Fee Act (PDUFA)については3月30日]32、血友病A(Pfizer/Sangamo Therapeuticsのgiroctocogene fitelparvovecによる第III相データの発表については2024年中旬)33、血友病B(Pfizer/Sparkのfidanacogene elaparvovecのPDUFA期限については第2四半期)34などがある。また、最近上市された遺伝子治療薬(例:lovo-cel、Roctavian、Hemgenix、Vyjuvek、Elevidys)については、安定した実臨床データと商業的な普及によって薬価の高さの根拠を示すことが重要である。
- その他大いに期待されている進歩の中には、遺伝子編集、オンコロジー領域を対象としたmRNA、抗体薬物複合体(ADC)についてのマイルストーン達成がある。in vivo遺伝子編集の分野では、Intelliaがトランスサイレチンアミロイドーシス治療薬であるNTLA-2001の第III相臨床試験を開始した36のに続き、第3四半期には遺伝性血管性浮腫を対象としたNTLA-2002の第II相臨床試験を開始する35と予想される。オンコロジー領域のmRNAについては、ModernaとMerckが、高リスク黒色腫の治療薬としてキイトルーダと併用した個別化mRNAがんワクチンV940について、臨床の初期段階で達成された成功を進行中の第III相試験でさらに発展させ続けている37。最後に、Merckと第一三共が最近締結した55億~220億ドルのADCに関する契約38に加え、HER2発現汎腫瘍を適応としたアストラゼネカ/第一三共のEnhertu 39と、2023年に進行膀胱癌を対象としてキイトルーダと併用したアステラス製薬/SeagenによるPadcev 40に関して、昨年、良好な試験データが発表されたことから、ADCに対してこれまでにもあった関心が再び取り上げられる可能性が高い。この勢いは、2024年にADC/チェックポイント阻害薬の取引決定の波を促す可能性があるが、企業はファースト・イン・クラス/ファースト・イン・適応症の可能性という機会を徹底的に詳しく調べる必要がある。最後に、Eli LillyによるPoint Biopharmaの14億ドル規模の買収や、BioNTechによるBiotheusとの最高10億ドル相当の取引など、2023年に放射性医薬品と二重特異性抗体の両分野で、多額の投資が行われた後の、新たな展開が期待できる41,42。